レポート

2022.10.07

ふるさと納税返礼品提供事業者と自治体の関係性構築の秘訣をまとめたインタビューレポートを発表しました。(千葉県南房総市 松田様)

返礼品提供事業者のビジネス環境を理解した、ふるさと納税返礼品提供のあり⽅について
ふるさと納税の寄付額が1兆円に迫るなか、寄付額に対する返礼品額の割合を3割とすれば市場規模も3,000億円に近づいています。しかし、ふるさと納税は国の制度であり変更や廃⽌の可能性があり、この制度に依存したビジネスを設計することはリスクが⼤きいと理解する必要があります。そういった環境を理解した上で、事業者との丁寧なコミュニケーションを⾏い、ふるさと納税制度を事業者の成⻑に繋げている事例のレポートになります。

千葉県南房総市は観光、⽔産、農業などバラエティ豊かな産業を抱える⼈⼝3万8千⼈程度の中堅都市です。この市でふるさと納税業務を担当してきた松⽥浩史⽒(以下、「同⽒」)にこれまでのふるさと納税の取り組みをお聞きしました。
インタビューにあたって同⽒をご紹介くださった⿅児島県⼤崎町の⽵原⽒によると「令和の⻄郷隆盛」とのことでした。ふるさと納税を通じてどのような効果を地域にもたらしているのでしょうか。

過去経緯

マーケティングや商品開発とはまったく関係ない部署にいた同⽒がふるさと納税の担当になったのは2014年。後発だった南房総市でしたが同⽒が担当になったことで、2015年に寄付に対する返礼品を設定し、同年にふるさとチョイス、翌年には楽天を使うようになりました。ただ、ふるさと納税に参⼊したばかりの南房総市にはまだシステムやノウハウが確⽴しておらず、同⽒が⼿探りの中でエクセルを使いながら実務を担当されていました。そして、寄付額が4億円⽔準になったころから南房総市が注⽬されるようになり、同⽒も内外から持ち上げられることが増えます。

南房総市の寄付受入額の推移(単位:千円)

南房総市にとっての「適正な寄付額」

しかし同⽒は、参画事業者数が増えていないのに寄付額だけが増えること。つまり事業者がふるさと納税依存になることは危険と感じます。4億円が南房総市の適正寄付額と同⽒は考えています。トップからの寄付獲得圧⼒がそれほど強くないことも幸いし、同⽒は地域の未来を⾒据えた「事業者起点のふるさと納税」を、⾃信を持って推進することができたのでした。

事業者起点のふるさと納税

近年のふるさと納税の市場規模の急拡⼤に合わせ、多くの⾃治体で寄付拡⼤に躍起になりつつあります。しかし同⽒は、寄付拡⼤のために事業者に無理なコスパ競争を押し付けるのではなく、あくまで事業者⾃⾝の⾃主的な発案やアイデアに基づく返礼品開発をお願いしてきました。
例えば、同業者や知り合いの会社がふるさと納税の返礼品を提供していれば、皆さん⾃⾝がどんどんふるさと納税して品を取り寄せてくださいとお伝えしています。また、同⽒も市内事業者と同類の返礼品を県外から取り寄せることがある。
それを⾒て事業者さんに、「こうした⽅がいいですよ」。現物を⾒る⽅が早い。
このように事業者⽬線に⽴った返礼品開発を進めることで、ふるさと納税を通じて、事業者が⾃社商品をパッケージ化できたこと。卸売り向け販路からネット販売への転換のきっかけになったのでした。

千葉県南房総市インタビューレポートのサブ画像1
千葉県南房総市インタビューレポートのサブ画像2

⼤切なコミュニケーション⼿段としてのアンケート

事業者さんへは毎年アンケートを取っており(※後述)。その中で、御社売上に占めるふるさと納税の割合は、10%から15%という回答が⼀番多いようです。これがちょうどいいバランスであるとのことでした。他にもパッケージを刷新したいけど補助⾦ないか。機械を⼊れたいのだが補助⾦ないかなど、事業者の抱えるリアルな課題が直接伝わってきます。そのような場合は、条例を作って補助⾦を出せるようにし、できるだけ事業者の課題を解決するようにしています。このような取り組みを通じて、事業者は「アンケートに書けば松⽥さんは応えてくれる」という認識は広まってきました。
事業者と⾏政をつなぐコミュニケーションツールとしてのアンケートの役割は年々⼤きくなり、今ではアンケートの質問は約30項⽬にまで増えています

※南房総市が使⽤する「ふるさと納税⽣産事業者アンケート」質問項⽬
(全32問のうち⼀部を掲載します。質問項⽬によっては筆者が加筆修正しています)

  • 今後の返礼品送付について(来年度の登録したい、出展登録の意向はない、決めていない)
  • 返礼品⽣産事業者として継続して登録したい理由(選択)
  • 来年度以降の出品登録の意向はない理由(選択)
  • 御社の全体業務量に対するふるさと納税の業務量割合(%回答)
  • 御社の全体取引額対するふるさと納税の取引割合(〃)
  • ふるさと納税ポータルサイトをご覧になる状況(頻度選択)
  • ポータルサイトから得た情報を活⽤していますか(選択)
  • 昨年中に御社が取り組んだ内容について「成功したもの」「失敗したもの」(⾃由回答)
  • 市が開催する「ふるさと納税セミナー」にて、どんな課題を解決したいですか(〃)
  • 今後のふるさと納税を通じて市が取り組むべきことは何ですか(〃)

事業者に寄り添い築く信頼関係

南房総市が市町村合併した当時、30代前半だった同⽒は観光の部署にいました。その時に観光事業者からの要望に無理ですと答えた時に、「お前が無理と⾔うなら、もう無理だな」との⼀⾔が今でも⼼に残っていると語ります。⾃分⾃⾝が解決の最終⼿段であり、簡単に「無理です」と断ってしまっては何事も解決に向かわない。⾃分⾃⾝が⼯夫し、考え、⾏動せねばならないと痛感させられた思い出です。
あれから数年たちふるさと納税の業務を担当しながら、同⽒は積極的に事業者の元に⾜を運びます。多くの公務員は「何かあったら役所に来てください」というスタンスであることが多いかもしれません。しかし同⽒は「ものが作られるのは製造所。ものが売れるのは売り場。これらの現場を⾒ることで、次はこういうパッケージにしましょう、とか、こんな商品を開発してみたらどうですか、といった話が発展する」と語る。事業者には、「松⽥さんは⾃営業者の気持ちが分かる珍しいタイプ」、周りの⾃治体職員からは「松⽥さんのフットワークの軽さは異常」と⾔われています。

千葉県南房総市インタビューレポートのサブ画像3
千葉県南房総市インタビューレポートのサブ画像4

今後は⾃治体担当者同⼠のノウハウ共有を充実させたい

これまで同⽒は研修などを通じて全国のふるさと納税担当者との交流を深めてきました。また、南房総市で開催する事業者向け勉強会に他⾃治体の担当者の⾒学を受け⼊れることもあります。このように外部との交流を⼤切にする同⽒ですが、今後はさらにこの交流が活性化するのがよいと語ります。担当者同⼠の持つ先進的な取り組みやノウハウを学び合い、それぞれの地元事業者をより応援できるようになることが、ふるさと納税制度の健全な発展につながっていくのかもしれません。

千葉県南房総市インタビューレポートのサブ画像5

終わりに=インタビューを終えて

ふるさと納税は⾃治体間の競争が激化しており、寄付⾦獲得合戦になっています。担当者には寄付額を増やすための圧⼒があり、様々な相違⼯夫を⾏います。寄付を集めるための最も確実な⽅法は、他の⾃治体を凌ぐ魅⼒(品質、量、価格)がある返礼品を品切れがないように⽤意してもらうことです。
ただし、その要請は事業者のリスクを⾼めることになります。ふるさと納税という不安定な制度に依存するビジネス市場であり、その事業者のふるさと納税への過度な依存は、もし制度がなくなったときに、間違いなくその事業者の経営は悪化することになります。そのために、事業者はふるさと納税に依存せずに既存顧客、ビジネスを優先しなければなりません。⾃治体の担当者のジレンマはつきません。しかし、松⽥⽒は短期的な寄付額ではなく、事業者の事業をまず重要視して、業務を進めています。それは、ご⾃⾝の評価を下げるかもしれない⾏為ですが、躊躇なくそのように⾏動をしています。また、事業者の声をしっかり聞いて、ふるさと納税をどう健全に活⽤するのかも、しっかりと向き合っています。⾃治体から⼀⽅的に事業者に指⽰することが多いことが⼀般的ですが、双⽅向にこだわっています。
ふるさと納税による「指定取り消し」の問題については先⽇のレポート通りです。寄付を集めるため事業者への過度に負担を負わせることが、問題視されていました。そういった意味で松⽥様の取り組みは、事業者や⾃治体の将来を考えた⻑期的視野に⽴った素晴らしいものであると考えています。


株式会社ふるさと納税総合研究所のプレスリリース⼀覧
https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/104918

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